「怪盗X・Y・Z(第1話~第3話)」(横溝正史)

本作品は大きな謎を持っています。出版の経緯にです。

「怪盗X・Y・Z(第1話~第3話)」
(横溝正史)角川文庫

進が受け取った釣り銭に
含まれていた
ギザギザのない十円玉。
それを狙ってサングラスの男、
若い女性、
高名な掏摸が進を狙う。
ついには進の姉・美智子まで
誘拐されてしまう。
十円玉には
どんな秘密があるのか?
窮地を救ったのは…。

前回取り上げた横溝正史最後の
ジュヴナイル「怪盗X・Y・Z」。
本作品は大きな謎を持っています。
筋書きにではありません。
出版の経緯についてです。

本作品の初出は1960年の学習雑誌
「中学二年コース」でした。
当時単行本化はされず、1984年に
初めて角川文庫から出版されました。
ところが全4話からなる
連作短篇集でありながら、
収録されたのは第3話までであり、
第4話が欠落しているのです。

もともと横溝ジュヴナイルのうち、
「まぼろしの怪人」「姿なき怪人」
「怪盗X・Y・Z」の3作は、
作者の手元に残されていた
雑誌の切り抜きに
数回分の欠落があったので、
出版が遅れたという経緯があります。
なんとか集めて出版したのでしょう。
第4話だけはどうしても
見つからなかったという
事情があったのかもしれません。

第4話は2008年に、
論創社から刊行された
「横溝正史探偵小説選Ⅱ」に
収録されました。
その解説には角川文庫版に対して
「何故か第四話「おりの中の男」だけは
収録されていない」とあります。
この一文から判断すると、当時に特段、
原稿の蒐集に困難が生じたとは
考えにくいのです。
第4話の欠落は、角川文庫の
単純ミスの可能性が高いといえます
(背表紙のタイトル文字が
緑色であるのも、角川文庫編集部の
ミスと考えられます。
当時、横溝の作品の背表紙の
作品タイトルは、一般ものが緑色、
ジュヴナイルは黄色となっていて、
本来本書は黄色でなければ
ならなかったはずです)。

40年前のことは仕方ありません。
私が問題にしたいのは、
なぜその後見つかった原稿を含めて、
完全版として
再出版しなかったかということです。
2008年段階では何の苦労もなく
収録できたということは、
角川文庫出版以降の22年間の間の、
かなり早い段階で
原稿は発見されていたはずです。
売り上げが期待できないものには
関わらないということなのでしょうか。

同様の事例は
横溝正史の没後に発見された作品
「死仮面」にも共通します。
同じ1984年に刊行された「死仮面」も、
連載八回分のうち、
一回分が消失していたため、
中島河太郎氏の補筆で
やむなく出版されています。
氏の解説には
「他日、この分が発見されたら
当然差し替えねばならない」と
書かれてあり、その日がくるのを
首を長くして待っていました。
ところが14年後に
完全版が出版されたのは、
角川文庫ではなく春陽文庫からでした。
当時ネットも十分には普及しておらず、
また春陽文庫は地方の書店の
書棚に並ぶことはなく、
私を含めた多くの地方人は、
出版されたとの情報を得ることなく
絶版を迎えたはずです。

過去に横溝作品で一番儲けたのは
角川文庫であるはずです。
そうでありながら、
ブームが過ぎれば知らないふり、では
出版社の姿勢として
いかがなものかと考えます。
「怪盗X・Y・Z」第4話も、
本来であれば柏書房が
「横溝正史少年小説コレクション」に
収録するより先に、論創社と協議し、
文庫本として角川文庫が
出版すべきだったと思います。
柏書房と論創社の真摯なやりとりは
ツイッターで公開されています。
この両出版社こそ、
真の意味での出版社の姿勢といえます。

まもなく年明けを迎える2022年は、
横溝正史生誕120年の節目の年です。
それに向けて柏書房が
「横溝正史少年小説コレクション」を
刊行したのは
大いに意義があることです。
翻って角川文庫の
姿勢はどうでしょうか?
過去の作品を
杉本一文画伯の復刻装幀で、
さもありがたいかのように
復刊しているだけです。
しかも一部(「女王蜂」)は
特定の書店のみの限定復刻販売という、
およそ出版社にあるまじき態度です。

こうした姿勢を見る限り、
私たちの国の出版業界には、
自分たちの使命を自覚して
出版文化に貢献しようとする
真摯な姿勢の出版社と、
単に利益だけ上げればいいという
意識の低い出版社とに
分かれていることに気づかされます。

しかしながら出版物だけは
出版社を選べないのが実状です。
消費者がしっかり声を上げて
出版社の意識を高めていく以外に、
改善の方法はないのかもしれません。
今回は作品についての
感想解説というよりは、
出版社の姿勢についての
苦言になってしまいました。
申し訳ありません。

(2021.12.26)

PrettysleepyによるPixabayからの画像

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